極めるということ

皆さんこんにちは!
『広島でボイトレするなら、本格レコーディングレッスンの Vocal Gym 3UP!』
のボーカルビルダー三上です。

先日私のFacebook投稿で、
『何かを極めるというのは、周りから“異常”と思われるくらいにストイックにならなければ無理だと思っている』
と言いましたが、今日はその詳細を書いてみます。

これはあくまで、
・極めたいことがあり、その目標は『プロレベル』だ!
・それに対しての情熱は本物だ!
という温度を持っている人が対象です。

「趣味程度で、そんなレベルまで極めようとは…」
という人はご自身のペースで頑張ればいいと思いますので、以下のアツい文章は無視して下さい(笑)

 

さて、今年はオリンピックもあり、日本選手の活躍が沢山観れた年でしたね♪
金メダルも多く、それを手にする為(=その競技を極めた者であることの証)の為に、アスリートの皆さんは血の滲むような努力をしてきたことでしょう。
その努力の過程は画面上で詳しく目の当たりに出来るものではありませんから、メダリスト達がやっている練習を間近に見たら、恐らく引いてしまうようなものではないかというのは想像に難くありません。

「何でそこまで自分を追い込むんだ…」
「もっと人間らしい生活してもいいのでは…」
「青春時代を棒に振ってまで…」
と、驚嘆の言葉を口にする人もいるでしょう。

でも、それは口にした人の価値観でしかありません。

言われたアスリートからすれば、その競技に人生の全てを向けることが当たり前の生活をしていて、そこまで追い込まなきゃトップにはなれないし、それがその人にとっては最も人間らしい生活だし、その全てが青春になっているのです。

音楽の世界でも、
「ろくに学校も行かず家にこもってギターばかり弾いていた」
とか、
「バイト代は全て音楽につぎ込んでいて、もやしばっかり食べていた」
というエピソードを聞きますよね。

そのくらい音楽だけにがむしゃらな人達は、スマホゲームにハマってるとか、オシャレなお店でリッチに食事したりとか、そんな普遍的な時間やお金の使い方をしてる余裕はありません。

スマホゲームに指動かすくらいなら、ギターの指板の上で指動かす方がよっぽどか為になるし、出掛けて色んな物買ったり高い食事するくらいなら、質素なもの食べて音楽に繋がる物をなるべく高級にしてひたすらどこかに籠もって練習した方がいい。
極めたいこと以外に目が向くのは、そこに本気の覚悟がないからです。
まだ心のどこかに、それ以外のことも一般的な人達と同じように充実していたいという願望が存在しているのです。
極めたいという熱意が本物なら、他の事に目は向かずそれだけをずっと追い続けられるはずです。

「いや、それはちょっと極端過ぎでは…」
と感じる人もいると思いますが、周りからすれば“極端”・“異常”に見えることも、トップを目指す本人にとっては極めるということはそのくらいしないと到底叶わないことだと分かっていて、“当たり前”にやっているのです。

おそらく、めっちゃ頑張っている!と自負するアマチュアの一日、一週間、一ヶ月単位の練習量は、プロのウォーミングアップ程度の練習量にしかならないような気がします。
極めている人は、極めてからも不断の努力を続けているのです。

 

では、そこに追いつくためには―。

 

えぇ、“それ以上”するしかないですよね。

 

私の生徒さんの中にもプロを目指している方が居ますが、正直言うとその生徒さん達に、私と同等に音楽のことだけを考えて生きて、オンもオフも音楽のためだけの行動をして、時間さえあれば歌に役立つことを練習している人は居ないでしょう。
プロガイドボーカリストとして、業者に納品する歌唱のクオリティーは絶対落としたくないので、自分の声が劣化することは自分自身が絶対に許しません。

自分ボイトレ画像

音楽しか興味ないので、時間さえあれば練習します!

・喫茶店でのんびりお茶するような生産性のない無駄な時間があるなら、それを練習に充てましょう。
 →そこで使う1000円でカラオケ店に行けば3時間練習出来ますから。

・流行りものとか趣味とか、極めたいもの以外に多くの投資をしているなら、それを極めたいものに投資しましょう。
 →きっと極めたいことへの投資より、その他の趣味・嗜好品への投資の方が多いはずですから。

・極めたいことへの自分の姿勢を否定・批判する人に付き合って時間やメンタルを持っていかれるくらいなら、そんな人間関係は切りましょう。
 →ドリームキラーに振り回されるほど無駄なことはありませんから。

少し常軌を逸したように聞こえるかも知れませんが、そのくらいの“異常”なストイックさを自分が極めたいことに向けた人達の中の、更にほんの一握りの人だけがやっとプロフェッショナルの領域に辿り着けるのです。

 

歌を極めたいなら、上記の例と同じく時間がある限りそれだけやる毎日にすればいい。
それ以外の欲や不要な物(者)は全て捨てる。
それでやっとスタート。
遊んでる暇がある人は、その極めるという道程のスタートラインにも立っていません。

そのスタートラインに立つ勇気や覚悟がないなら、あなたは歌を極められないでしょう―と断言しておきます。

『歌が生活の一部です』じゃ極められないんです。
『歌が生活の全てです』じゃないと。
(冒頭にも言いましたが、あくまでプロを目指しているなら―という話ですよ(^_-))

 

では最後に問いかけます。

歌を極めたいというあなたの覚悟や練習量は、“異常”ですか?

 

私は胸を張って言えます。

“異常です”

と。

 

極めるとは、そういうものです。

そろそろ年が変わります。

心機一転、“異常”なほど何かを追求してみてはいかがでしょうか?

 

それでは皆さん良いお年をお迎え下さい(^_^)

ではまた☆

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